「もしかしてあの人も?」レズビアン同士で気づくことって本当にある?
特別なことをされたわけでもないし、本人から恋愛の話を聞いたわけでもない。それなのに服装や雰囲気、ちょっとした話し方を見て「もしかして」と気になることがあります。
女性を好きになった経験がある人なら、一度くらいそんなことを考えたことがあるかもしれません。街ですれ違った女性ならそのまま忘れてしまいますが、職場や学校、友達の友達など、これからも会う相手だと妙に気になってしまうこともあります。
結論から言えば、外見や仕草だけでセクシュアリティを確実に見分ける方法はありません。ただ、「分からない」と「何も感じることがない」は少し違います。
今回はレズビアンを見分ける方法ではなく、女性を好きな女性が日常の中で感じる「もしかして?」について考えてみます。
「もしかして?」は日常の中にある
服装なのか、話しやすさなのか、自分でも理由は説明できない。それでも店を出てから「あの人もそうだったりして」と考える。
だからといって女性が好きとは限らない。それでも自分と似た話のかわし方をしていると、少しだけ気になる。
相手もこちらを見ていたような気がする。でも単なる偶然かもしれない。答えがないまま、その場を離れる。
話し方や空気、恋愛の話題への反応。はっきりした理由はないのに、妙に親近感を覚えることがある。
髪型や服装で分かる?
レズビアンの見た目については昔からいろいろなイメージがあります。ショートヘア、中性的なファッション、メンズ寄りの服装などが分かりやすい例でしょう。
ただ、女性が好きな女性の見た目は当然一つではありません。ロングヘアでフェミニンな服を好む人もいれば、メイクをほとんどしない人もいます。スカートが好きな人も、メンズ服を好む人もいます。
そして同じ格好をしている異性愛の女性も普通にいます。ファッションはその人の好みを表すことはあっても、誰を好きになるかまで必ず表しているわけではありません。
一つ当てはまったら分かる?
会話そのものより、「どう言ったか」が引っかかることもある
普通に話していただけなのに、あとになって一つの言葉を思い出す。そんな気づき方もあります。
家族や職場などに女性が好きだと話していない人は、恋愛の話題で性別をぼかすことがあります。「好きな人はいる」とは言えても、その相手が女性だとは言わない。「恋人と出かけた」と言わずに「友達と出かけた」と話すこともあるでしょう。
自分にもそうした経験があると、他の女性が似た言葉を使ったときに気づきやすくなることがあります。
もちろん男性の話をしないから女性が好きとは限りません。恋愛自体に興味がない人もいれば、単純にプライベートを話したくない人もいます。
それでも、自分が長い間使ってきた言葉の選び方と似ているからこそ、他の人なら気に留めない小さなものを拾う。そんな「気づき方」はあるのかもしれません。
気になる。でも、それだけでは分からない。
「視線でなんとなく分かった」という感覚
見た目や会話よりも説明が難しいのが、「目が合ったときになんとなくそう感じた」というものです。
気になる女性がいると、無意識にその人を目で追ってしまうことがあります。相手も女性を恋愛対象として見ているなら、同じことが起きる可能性はあります。
何度か目が合った。少し長く視線が残った。離れた場所にいたのに、また目が合った。そんなときに「もしかして」と思うのは不思議ではありません。
ただし視線ほど勘違いしやすいものもありません。「何か感じた」という自分の感覚は否定しなくていいけれど、それを相手のセクシュアリティの答えにはしない。そのくらいがちょうどいいでしょう。
本当に「見分けている」のではなく、
自分がサインを探しているのかもしれない。
異性を好きになることが当然のように扱われる場所では、目の前の女性が女性を恋愛対象にしているかどうかは簡単には分かりません。
素敵だと思う女性がいても、そもそも自分が恋愛対象になる可能性があるのか分からない。仲良くなってから男性の恋人がいると知ることもあります。
だから女性を好きな女性ほど、無意識に小さな手がかりを探すことがあります。髪型を見る。アクセサリーを見る。恋愛の話を聞く。視線が気になる。何か一つで判断したいわけではなく、「この人を好きになっても、最初から可能性がゼロではないか」を知りたいのかもしれません。
そう考えると、「あの人もレズビアンかな」と思ってしまうこと自体はそれほど不思議なことではありません。
じゃあ、自分も周りから気づかれている?
他の女性を見て「もしかして」と思ったことがあると、今度は自分について気になってくることがあります。
自分では何も話していないけれど、服装で分かるのかな。女性を見ているときの視線で気づかれているのかな。恋愛の話を避けているから、職場の人にはもう分かっているのかな。
特に周囲へセクシュアリティを話していない人なら、「知られていたらどうしよう」と不安になることもあるでしょう。
ただ、他人について確実に分からないのと同じで、あなたについても外見だけですべて分かるわけではありません。誰かが「もしかして」と想像することはあっても、それと「知られている」は別です。
女性が好きだからといって、周囲へ分かるような見た目や振る舞いをしなければならないわけでもありません。反対に、自分らしい服装を「気づかれないため」に変える必要もありません。
「もしかして」と思っても、本人より先に答えを決めない
自分の中で「あの人もそうかもしれない」と思うことと、その女性をレズビアンだと決めつけることは違います。
特に本人が話していないことを周囲へ「あの子たぶんレズだよ」と話したり、本人へ突然「女性が好きでしょ?」と確認したりするのは避けたいところです。
セクシュアリティを誰にどこまで話すかは本人が決めることです。自分が当事者だからこそ、「言いたくない場所では言わなくていい」という感覚も大切にしたいものです。
分かるわけではない。でも「もしかして」と感じることはある
レズビアンにはこの髪型、この服装というような、誰にでも当てはまる見分け方はありません。外見だけでなく、会話や視線を含めても相手のセクシュアリティを確定することはできません。
それでも女性を好きな自分だからこそ、他の人なら流してしまう言葉に気づいたり、自分と似た振る舞いに親近感を覚えたりすることはあります。
街ですれ違った女性を見て「もしかして」と思ったり、新しく知り合った女性になんとなく近いものを感じたり。答えが分からないまま終わることの方が多いでしょう。
それでも、その一瞬に少し親近感を覚えることまで否定する必要はありません。ただ答えは本人のものとして残しておく。そのくらいの距離で「もしかして?」を楽しむのがいいのかもしれません。